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名古屋地方裁判所 昭和53年(ヨ)685号 判決

申請人

隅田善四郎

右代理人弁護士

村橋泰志

被申請人

中小企業育成協会

右代表者理事長

服部幸一

右代理人弁護士

辻公雄

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  申請人

1  申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し金一〇六万円及び昭和五三年六月一日以降毎月二五日限り金一〇万円を仮に支払え。

二  被申請人

主文第一項と同旨

第二当事者の主張

一  申請理由及び被申請人の主張に対する答弁

1  被申請人は、労働保険事務の代行等を行なういわゆる権利能力なき社団である。

申請人は、昭和五一年一二月一三日被申請人に雇用され、昭和五二年二月二四日以降労働保険の給付請求手続の諸事務に従事していた。

2  被申請人は、申請人に対し

(一) 無断欠勤及び遅刻が各二回あったこと

(二) 名古屋東労働基準監督署から申請人について注意を受けた

ことの二点を理由に昭和五二年一一月一二日、口頭にて解雇の意思表示(以下本件解雇という)をした。

3  しかし、右解雇は何ら正当の理由もなく行なわれたものであり、解雇権の濫用であって無効である。その理由は左記のとおりである。

(一) 無断の欠勤は一度もない。

(二) 遅刻もない、被申請人の会社の時計が進んでいただけである。

(三) いずれにせよ、二回程度の欠勤遅刻を理由として解雇するとは解雇権の濫用も甚だしい。

(四) 名古屋東労働基準監督署が、被申請人に対して与えた注意というのは「申請人が、社会保険労務士でもないのに労災保険金給付請求事務を行なっている」という点であった。これは、被申請人が申請人に対して命じたことであり、被申請人が反省すべき事柄でありこそすれ、申請人に責任を転嫁すべきことではない。

(五) 解雇の真の趣旨は、申請人が「就業規則をつくるべきだ」とか「残業について協定すべきだ」とか、当然のことを主張したため、煙たい人物であると判断された点にあると思われる。

4  申請人の賃金は、毎月二五日払いで月額一〇万円であり、賞与は年間毎月の賃金の五・五月分とする約定であった。被申請人は、申請人に対し昭和五二年一二月分以降賃金の支払をせず、また同年度分の賞与五五万円のうち九万円を支払ったのみである。

5  申請人は、本件解雇の無効確認と賃金支払の訴を提起すべく準備中である。

しかし、申請人は被申請人から支給される賃金を唯一の生活の資とする労働者であって、右本案判決の確定を待っていては著るしい損害を被るおそれがある。

6  よって、申請人は被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位の保全と、昭和五二年一二月分以降昭和五三年九月分までの賃金計六〇万円及び昭和五二年度の未払分賞与四六万円以上合計一〇六万円並びに昭和五三年六月分以降の賃金の各仮払を求めて、本申請に及ぶ。

7  被申請人主張の解雇理由については否認する。

二  申請理由に対する答弁及び被申請人の主張

1  申請理由1及び同2のうち申請人主張日時に本件解雇の意思表示をしたことは認めるが、同項のその余の事実は否認する。申請人に対する解雇理由は後記のとおりである。

2  同3の事実は否認し、権利濫用との主張は争う。

3  同4のうち、申請人の賃金が月額一〇万円であったこと及び昭和五二年一二月以降の賃金の支払をしていないことは認めるが、その余の事実は否認する。被申請人の賃金支払日は毎月二八日(二〇日〆切)である。

4  同5の事実は争う。

5  本件解雇の理由

被申請人協会は、会員たる事業主に対するサービス業的性格を有し、また労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下徴収法という)所定の労働保険事務組合として公的機関たる側面も有している。さらに、被申請人は数人の従業員を擁するのみの小規模な組織であるからその業務遂行のためには従業員同志の協調、融和が不可欠である。ところが、申請人は仕事に対する能力、意欲に乏しく、以下に記載するとおり事務処理上の失態を重ねて、会員や関係官庁に対する被申請人の対外的信用を失墜させ、かつ、上司の命令に従わず同僚との協調性も欠いて協会内の秩序を乱したため、被申請人は申請人を従業員たる適格に著しく欠けるものと判断して本件解雇に及んだものである。

(一) 事務処理上の失態

(1) 昭和五二年七月頃、申請外中一興業株式会社の従業員が同社の元請業者である申請外栗田工業株式会社で被災した労災事故処理について、申請人が右中一興業に対し労災保険金請求手続を行なう約束としながらこれを長く放置したため、被申請人は同社から厳重な抗議を受けた。

(2) 同月頃、申請外株式会社古川商店から依頼された労災保険金給付の件で、申請人が申請外池田純一郎事務長の指導に従わず不備な申請書類を作成したため労災保険金が不給付となり、結局同社は被申請人との会員契約を解約するに至った。

(3) 同年八月頃、申請外カトー特殊計紙株式会社から依頼された労災保険処理事務を申請人が中途で放置したため、被申請人は同社より督促を受け他の従業員がこれを処理した。

(4) 同年九月頃、申請外小林食品株式会社の労災保険金給付の件で、申請人が事業主の妻から質問を受けた時、「あんたに話す必要はない」と無礼な言葉で返事をして先方を非常に怒らせた。

(5) この他にも、同年六月から一一月初め頃までの間、殆んど毎日の様に申請人の仕事に関して会員から苦情の電話があった。

(6) 同年四月頃、申請人が名古屋北職業安定所の窓口の係官に対し大声で怒鳴りつけ、右係官から被申請人に対し電話で厳重な抗議がなされた。

(7) 同年八月頃、会員から委託された労働保険成立書類を提出すべく申請人が名古屋中職業安定所へ行った際、担当官より書類上不明の点を質問されたのに対し、「自分は提出に来ただけだ、解らん所があればあんたから被申請人へ直接電話しなさい」と返答したため、被申請人は右担当官から注意を受けた。

(8) 同年九月頃、申請外古橋工業株式会社から依頼された労災保険の休業補償請求の書類を作成するにあたり、申請人が故意又は重大な過失により虚偽の休業日数を記入したため、被申請人は名古屋東労働基準監督署から厳重に注意され、始末書を提出させられた。

なお、右労災保険金給付請求手続の代行について、組合の資格に法律上何ら制限はなく(但し、被申請人事務処理規則では、「証明手続は除く」とされている)、従って申請人主張のように被申請人が社会保険労務士でない申請人に右請求事務を命じたため労基署から注意を受けるということはありえないことであり、またその事実もない。

(二) 上司の命令不服従、同僚との協調性欠如

(1) 昭和五二年六月頃、被申請人の女子職員が労働基準局方面に出向く申請人に対し、同局への書類提出を依頼したところ、申請人がこれを拒否したため、右女子職員と申請人との間で大喧嘩となった。

(2) 前記中一興業株式会社の労災事故処理について、申請人の先輩である申請外高井敏雄が事情説明を求めたところ、申請人が「お前になんで説明しなくてはならないか」と暴言を吐いたため、同人との間で大喧嘩となった。

(3) 同年一一月初め頃、昼の休憩時間中に会員から電話があり女子事務員が受話器を取った時、申請人が「昼食時の外部からの電話には出る必要がない」と言って邪魔をした。

(4) 同年四月頃から一一月初め頃までの間、前記池田事務長から「電話のかけ方について我々はサービスマンであるとの立場で応接するように」「事業主へ送付する文書についてはわかりやすい字を書くように」とたびたび注意されても、申請人は「給料を上げればしてやる」とか「この字は生れつきで仕方がない」とか反抗的言辞を弄してこれに従わなかった。

(5) 同年一一月初め頃、前記池田事務長が申請人の仕事について現況報告を求めたところ、申請人は「知りたいのなら自分で調べろ」「俺は給料に見合った仕事しかしない」と暴言を吐き、また右事務長が「自分の給料に見合った仕事量とは誰が決めるのか」と質問したのに対して、申請人は「自分自身で決める」と発言する始末であった。

(三) 申請人は、昭和五二年七月一八日及び同月二九日に無断欠勤し、また毎日始業時刻の午前九時ぎりぎりに出勤し、厳密にはたびたび遅刻していた。

以上のとおり、本件解雇には相当の理由が存するから解雇権濫用との主張はあたらない。

なお、被申請人は本件解雇に際し、申請人に対し一か月分の賃金相当額一〇万円を解雇予告金として提供したが、右受領を拒絶されたので、昭和五二年一一月一五日、右金員を名古屋法務局へ供託した。

第三証拠(略)

理由

一  申請理由1の事実及び被申請人が申請人に対し昭和五二年一一月一二日、本件解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件解雇の効力について検討するに、右争いなき事実に加え、(証拠略)を総合すると以下の事実を認めることができる。

1  被申請人協会の業務及び組織

(一)  被申請人は、愛知県ないしその近隣県における原則として三〇〇人以下の中小企業の事業主又は役員を会員とし、中小企業の経営指導及び事務の一部代行等を通じて、その健全な育成向上を図ることを目的として昭和五一年四月一日設立された権利能力なき社団であり、微収法三三条所定の労働保険事務組合(以下「組合」という)として愛知県知事の認可(労働大臣の委任、同法四五条)を受けている。現在の会員数は約一二六〇名であり、申請人在職当時のそれは約八〇〇名であった。会員の経営する事業は、従業員数五、六人程度の規模のものが殆んどである。

(二)  組合としての被申請人の本来の業務は、委託に基づき事業主(会員)を代理してそれらの者が行なうべき労働保険料の納付その他の労働保険に関する事項(但し、印紙保険料に関する事項は除かれる。以下「労働保険事務」という。徴収法三三条一項)を処理することであり、被申請人の労働保険組合事務処理規約ではこれを受けて、委託事務の範囲を「労災保険法の規定による保険給付の請求書等の記載事項に関する証明及び雇用保険法の規定による日展労働被保険者に関する事務を除き、委託組合員が事業主として処理すべき労働保険事務の一切」(同規約三条一項)と定めている。具体的には、労働保険料(労災保険及び雇用保険)を事業主より微収してこれを政府に納付する事務が最も重要な仕事であり、その他労働保険の成立届の提出等労働保険の申請、届出、報告に関する事務なども処理している。

そのほか被申請人では本来事業主が行なうべき右労働保険事務の代行のほかに会員に対するサービスとして、附随的に労災保険金給付請求手続の代行業務も行なっており、事業主からのその都度の依頼によって各種補償給付請求書を作成したり(但し、事業主自ら作成すべき災害発生の証明欄を除く)、又は右作成要領の指導等をなしている。そして組合が右請求手続の代行業務を行なった場合は、請求書の欄外に当該事務組合名を捺印し、その作成を証したうえ所轄の労基署へ提出する取扱いをしている。

ところで、労災保険金は、被災労働者又はその遺族が給付の請求をなすべきであり、このような労災保険金給付請求手続は、本来事業主が行なうべき労働保険事務に当らず、したがって事業主の事務の代行を目的とする組合本来の委託業務に含まれないことは明らかであるが、しかし、右請求手続が当該被災労働者自身によってなされることは稀であって、殆んどの場合、当該労働者は、事業主にその事務を依頼し、その事業主の負担においてなされる実情にあり、組合が右請求手続をサービスとして代行しているのは、このような実情に由来するものである。そして被申請人がこのようなサービスを行なうのは、中小零細業者の健全な育成向上を目的とする旨定めた被申請人の設立の趣旨に沿うものであり、また事業主に対しこのような親切を基調とする助力を行なうことによって事業主の被申請人に対する右本来の保険事務委託契約の継続ないしは契約更新を促し、もって被申請人の業務の発展を図ったものと思われる。

(三)  本来労働保険事務組合としての被申請人の業務は定款からみると、その目的とする全事業の一部にすぎないものであるが、実際にはもっぱら右事務組合の仕事を日常の業務としており、その運営は委託事業主の納入する労働保険事務代行手数料及び政府からの報酬金(労働保険整備法二三条)で賄われている。

右手数料は、建築事業の場合には、年間工事請負高により、その他の事業にあっては従業員数によってランクづけられ、各ランク毎に、年間事務手数料額が定められ、これに拠って各事業主から支給を受けている。その実質は、本来事業主が行なうべき労働保険料の納付等の事務を被申請人が代行するための対価であって、サービスとして行なっている前記労災保険給付請求手続代行の対価ではない。そして当然のことながら右労災保険給付請求事務についての手数料の定めはない。

(四)  被申請人の組織は、事務部門と普及部門とに分れ、事務部門において労働保険事務の代行業務を行ない、普及部門において新規の委託契約の締結及び委託契約(期限一年間)の継続(更新)業務を行なっている。事務部門は、申請外池田純一郎(以下「池田事務長」という)が事務長として統轄し、両部門の統轄者として定款上正式の役職ではないが所長をおき、申請外松本弘理事(以下「松本所長」という)がこれに当っている。松本所長は、被申請人の最高議決機関である総代会によって理事長代理としての権限を委任されている。

被申請人の始業時刻は午前九時、終業時刻は午後五時半であり、申請人在職当時の従業員数は両部門併せて十名前後を変動していた。

2  本件解雇に至る経緯

(一)  申請人は、昭和五一年一二月一三日、被申請人に雇用されて事務部門に配属され、当初一か月間は見習いとして日給制で前記池田事務長や女子事務員の補助的仕事をしたのち、昭和五二年一月からは関係官庁への書類の提出及び労働保険料の徴収事務を担当していたが、同年二月二四日、前記労災保険金給付請求手続の代行業務を命じられた。申請人は、社会保険労務士ではなく、申請人在職中他にも右資格を有している者はいなかった。

申請人在職中、事務部門は池田事務長以下、申請人及び三ないし五名の女子事務員で構成されていた。

(二)  申請人が右職務を担当して以来、会員や関係官庁との間で以下の問題が発生した。

(1) 同年四月頃、申請外中一興業株式会社から依頼された労災事故処理の件で、申請人は保険金請求手続をすすめながら途中経過を同社へ連絡していなかったため、同年七月二、三日頃、被申請人の普及部門において継続業務を担当している申請外高井敏雄(事実上の所長代行)が同社を訪れた際、同社事務員から強く督促を受けた。

(2) 昭和五二年七月頃、申請外古川商店株式会社の労災事故に関して、申請人が労災保険金給付請求書を所轄外の名古屋南労基署へ提出したため、同労基署から所轄の名古屋東労基署へ右請求書が回送され、しかもその内容に不明な点があったので直接同社へ返送された。そこで、池田事務長は申請人に対し同社と連絡をとり、場合によっては再請求手続をとること及び東労基署から呼出があったときは事業主に付添って出頭するよう指示しておいたが、申請人は右連絡をとらず、結局事業主自ら労基署へ出向き手続を了したので、被申請人は信用を失なった。なお被申請人は、昭和五三年三月末日をもって同社から委託契約を解約された。

(3) 昭和五二年四月初め頃、申請外カトー特殊計紙株式会社の従業員三名が同乗した自動車が交通事故を起した事件について、労災保険及び自賠責保険の処理を被申請人が依頼され、申請人が担当したが、申請人は右事故は通勤経路上の事故か否かという点や事故責任者の確定等に問題があり、積極的に右問題点を解明するのは相当でないと考え、池田事務長や事業主に相談することなくその独断で手続をすすめなかった。そのため同年八月頃、同社から被申請人に督促がなされて被申請人は右放置の事態を知り、申請人の本件解雇後同年一二月に至って他の職員がこれを処理し終った。

(4) 同年九月頃、申請外小林食品株式会社の事業主の妻が従業員の労災事故の件で申請人に電話で質問した際、申請人が「あんたに直接話す必要はない」と答えて電話を切ったため、同女から被申請人に抗議がなされ、松本所長が同社に赴いて陳謝した。

(5) 申請人が労災保険金請求事務を担当して間もなくの頃、申請外古橋工業株式会社の労災事故に関して、休業補償給付請求書を作成し、名古屋東労基署へ提出したことがあったが、同年九月頃、その休業日数の記載に過誤のあることが判明し(一二日とすべきところを一三日としていた)、しかも右誤謬を糊塗するためタイムカードに工作した痕跡があったため、同労基署は悪質であるとして松本所長と申請人に厳重注意し、被申請人は同月一二日、右誤記の件を謝罪する内容の始末書を提出させられた。

事件後、池田事務長が申請人に対し所長に一言謝まったらどうかと勧めたが、申請人は「私は社会保険労務士ではなく、すべきではない仕事をさせられていたのだから、むしろ迷惑を受けたのは私である。」等と言ってこれに応じなかった。

(6) 同年四月頃、申請人が名古屋市北公共職業安定所に書類提出のため赴いた際、同所係官の相談者に対する応対の仕方が横柄であると感じ、態度を改めるよう右係官に注意した。後刻、右係官から被申請人に申請人が暴言を吐いたとして抗議の電話があり、申請人が謝まらないため松本所長が代って謝罪した。

また、同年八月頃、申請人が名古屋市中公共職業安定所へ書類提出に赴いた際、担当係官から書類上不明な点を質問されたのに対し、申請人は「自分は書類を持って来ただけだ、内容について知りたければあんたから直接協会へ電話しなさい」と答えたことがあり、池田事務長が右職安を訪れた時、右係官から申請人の態度について注意を受けた。池田事務長が、申請人の右のような態度をたしなめたが、申請人は素直にこれを聞き入れなかった。

(7) 以上のほか、申請人は依頼者に対して自ら手続の進捗状況を連絡することなく、またしばしば独断で依頼された手続を放置することがあったため、同年六月以降依頼者から被申請人方へ苦情督促の電話が頻繁にかかるようになった。そのため、池田事務長が申請人に対して、再三もっと親切に仕事をするよう注意を与えたが、申請人はなかなか右態度を改めようとはしなかった。

(三)  次に、申請人の協会内部における日頃の勤務ぶりは以下のようなものであった。

(1) 申請人は、自己に命じられた仕事と他人の仕事とを割り切り、他人の仕事には口出しをしないかわりに援助もしない主義であり、それを通していたため、事務部門の同僚の女子事務員とは折合いが悪かった。

とくに昭和五二年六月頃、県労働基準監督局方面へ出向く申請人に対し、女子事務員が同局へ提出する書類を託そうとしたところ、申請人は「自分の仕事と違う」と言ってこれを拒絶したので、右女子事務員と喧嘩、口論となった。

(2) 前記中一興業株式会社の労災事故処理の件で、同社事務員から強く督促を受けた申請外高井敏雄が、申請人を難詰し右処理経過の説明を求めたところ、申請人も「君は直接僕の上司ではないから何も説明する必要はない。服部理事長以外の者の命令は聞かない」等と応酬したので、両者間で喧嘩、口論となった。

(3) 同年一一月初め頃、昼の休憩時間中(午後〇時~一時)、会員から事務所に電話がかかってきたので女子事務員がこれに出ようとしたところ、申請人が大声で「今は休憩時間だ、電話に出る必要はない」と言ってこれを制止した。申請外高井敏雄が、申請人に対し「電話を聞く位いいじゃないか」とたしなめたが、申請人は「休憩時間中に電話をする奴も非常識だ、労基法によっても休憩時間中電話に出る必要はない」と反論した。

(4) 池田事務長は、前記(二)(6)に記載した注意のほかにも、たびたび申請人に対し「我々は会員に対するサービス業なのだから電話での応答はもっと丁寧にするように」とか「書類にはもっと丁寧にわかりやすい字を書くように」等と指導していたが、申請人は「もっと給料をあげればしてやる」「この字は生まれつきで仕方がない」などと返答することもあり、素直に右指導に従う姿勢を示さないことが多かった。

(5) なお、申請人は昭和五二年七月一八日と同月二九日に無断欠勤したことがあった。

(四)  ところで、申請人の在職当時被申請人には就業規則や残業協定などはなく、申請人はこれを不満に思っていた。

昭和五二年三月下旬から五月上旬にかけては、労働保険の年度更新期にあたり、その事務処理のため被申請人では残業が続いていたが、この頃申請人は池田事務長に対し、残業時間の算定が正確になされていないと苦情を述べ、正式に残業協定を結ぶべきであると進言した。また、同年一〇月頃には被申請人の従業員も一一人になって定着してきたので就業規則を作成すべきであると要求した。

そして、申請人は自己の担当職務である労災保険金給付事務の代行は、本来社会保険労務士の資格ある者がなすべきであると考えていたので、特に前記古橋工業事件後、池田事務長に対し正式の資格がないから別の仕事をさせるよう要求した。

さらに、被申請人では申請人在職中に会員の委託事業主から懇望されて、実際には事業所として存続しているにもかかわらず、雇用保険料の納入をしないため、三件ほど虚偽の事業所廃止届を作成して提出したことがあったが(徴収法五条、雇用保険法施行規則一四一条)、申請人はかかる措置は違法なものと考え釈然としなかった。しかしこの点について当時意見対立とかトラブルを生じたことはなく、本件解雇後申請人において問題提起をしたものである。

(五)  松本所長は、常々前記(二)(二)のような申請人の就労態度は被申請人の職員として相応しくないものと考えていたが、特に申請人に対して強く叱責したり注意を与えたことはなかった。しかし、申請人の事務処理に対する苦情の電話が相次ぎ、同僚間からも申請人は協調性がなく一緒に仕事をしにくいとの不満が日増しに大きくなったため、同年一一月初旬池田事務長に申請人の就労内容を点検するよう指示した。そこで、池田事務長が申請人に対し、その担当職務の現況、結果報告を提出するよう求めたところ、申請人は「知りたいなら自分で調べろ、俺は給料に見合った仕事しかしない」と答えてこれに応じなかったため、同事務長はその旨松本所長に報告し、申請人の指導についてこれ以上責任を負えないと具申した。

これを受けて松本所長は、申請人は仕事への意欲、能力に欠け、同僚との協調性もなく、上司の命令にも従わないので、無断欠勤の点も一つの事情として考慮のうえ、従業員として不適格と判断し、同年一一月一〇日、申請人に対し退職を勧告したが拒絶されたので、同月一二日、本件解雇の意思表示をするに至った。その際、松本所長は一一月分の給与と一か月分の賃金相当額一〇万円を解雇予告金として提供したが、申請人は右給与のみ受領し、予告金の受領は拒否した。

以上の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  以上に認定した事実に基づいて本件解雇の効力について判断する。

まず申請人は、労災保険金給付請求事務は、被災労働者又はその遺族が行なうべきもので、第三者がこれを代行する場合は、社会保険労務士でなければならない、しかるに被申請人は、その資格のない申請人に右事務を命じたのは社会保険労務士法に抵触すると主張するので判断するに、同法第二条によると、社会保険労務士は、主務大臣の免許を受け、その名称を用いて労災保険法その他労働社会保険諸法令に基づいて行政機関等に提出する申請書等の書類の作成等の事務を行なう者とされ、更に同法第二七条本文によると、社会保険労務士でない者は、他人の求めに応じ、報酬を得てこれら書類作成事務を業として行ってはならないと定められている。したがって労災保険金給付請求手続は、社会保険労務士が行うべき事務に含まれておりその資格のない者が報酬を得てこれを業として代行するときは、右法律に抵触することが明らかであるといわねばならない。しかし被申請人が申請人に命じた労災保険金給付請求手続は、被申請人が手数料を収受して行っている被申請人の本来的事務ではなく、前記認定の如く右事務に附随して、会員たる事業主に対するサービスの趣旨で依頼された都度報酬を得ないで行っている事務に過ぎないから、被申請人が、社会保険労務士の資格のない従業員に対して、右事務処理を命じたことは右社会保険労務士業の制限規定に触れるものではない。なお被申請人において、事業主が行うべき労働保険事務を代行しているのは、前記の如く徴収法三三条に根拠を有するものであり、他の法律による別段の定めがある場合に当るから、社会保険労務士法第二七条但書により同条本文の適用が除外され、これも同法違反とならないものである。

申請人は、名古屋東労働基準監督署が被申請人に対し、社会保険労務士法違反であるとして注意をしたとか、被申請人も非を認めて同署に始末書を提出した旨を述べているが、同事実については証拠がない。

以上の如く被申請人が申請人に命じた事務は、前記法条に違反するものではなく、申請人は、同事務を雇用契約の本旨に従って誠実に履行する義務があったものといわなければならない。

そこでつぎに、申請人に解雇事由が存したか否かにつき判断するに、労働保険事務組合は事業主の便宜を図るとともに、これを通じて政府管掌の労働保険事務を一括処理して、制度の目的達成に貢献する公共機関的側面も併せ有するものであり、公共職業安定所や労働基準監督署等の関係官署との連携なくしては、その円滑な業務運営を期し難い。

従って、被申請人はその業務遂行上、会員及び関係官庁との信頼関係を保持することが不可欠であり、被申請人従業員とりわけ右両者共に接する職務に就いていた申請人としては、これらの点に留意してその職務を果たす必要があったというべきである。

ところが、前認定にかかる申請人の勤務状況を通観するに、一面では職安の係官に対しその態度を注意したり、被申請人に就業規則の作成や残業協定の締結を迫るなど、自己が正しいと信ずる事に対しては積極的な姿勢が窺えるものの、反面、前記二(二)のとおり種々の問題を起こし、依頼主との連絡を密にとらないで事務を処理するため督促の電話が頻繁にかかってきたり、時には独断で手続を放置したこともあり、また、会員や官庁の係官に非礼な態度で接して不興を買うなど、自己中心的、恣意的な姿勢も目立ち、しかも上司の再三の注意にもかかわらず、容易に右就労態度を改めようとしなかったのであるから、申請人の執務姿勢を全面的に是とすることはできない。

また、被申請人は全部で一〇名前後の従業員を擁するのみの小規模な団体であり、さらに申請人の所属した事務部門に限れば、五、六名の事務員しかいなかったのであるから、従業員相互の協調をより要求される職場であったものと認められる。

しかし、前認定のとおり申請人は協調性がなく、同僚の女子事務員や申請外高井敏雄らと反目しあい、直属の上司である池田事務長の指導、命令にも素直に従わず、遂には申請人に対する同僚間の不満が高まり、池田事務長も申請人の指導に責任が持てないと言明するに至ったのであるから、この点についてみても申請人の態度に問題があったといわざるをえない。

これを総合するに、申請人は自己の正しいと信ずる主張や姿勢を貫ぬくあまり、他との融和を欠き、その結果、会員や関係官庁との信頼関係を損なう恐れを生じさせ、かつ、職場内の秩序を乱して被申請人の業務を阻害したものというべく、被申請人が、申請人について従業員として著しく適格を欠くと判断したことは相当であり、そして、被申請人には申請人を遇するに他に適当な職務はなく、被申請人が申請人を解雇相当と判断したことはやむをえないものと認められる。

また、本件解雇事由は前認定のとおりであり、申請人の無断遅刻は一事情にすぎず、申請人が就業規則の作成や残業協定の締結について意見を述べたことを解雇の原因としたとも認め難いうえ、右のとおり本件解雇事由が相当なものである以上、本件解雇が権利濫用であるという申請人の主張は認められない。

四  以上の次第で、本件解雇は有効であり、これによって本件当事者間の雇用契約関係は昭和五二年一一月一二日、すでに終了したというべきである。従って、申請人の主張する被保全権利はその疎明がないことに帰するから、その余の点について判断するまでもなく本件申請は理由がない。よってこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 佐藤壽一 裁判官 島本誠三)

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